弥生町(読み)やよいまち

日本歴史地名大系 「弥生町」の解説

弥生町
やよいまち

面積:八二・八九平方キロ

南海部郡の北部に位置し、南から東は佐伯さいき市、北は津久見市・臼杵うすき市、西は大野郡野津のつ町と本匠ほんじよう村・直川なおかわ村に接する。北部にひこ(六三九・三メートル)尺間しやくま(六〇八・五メートル)椿つばき(六五八・八メートル)などの山があり、南部は標高二〇〇―三〇〇メートル級の低山地が続く。山間を北東からの床木ゆかぎ川、北西からの井崎いさき川、南西からの提内ひさぎうち川がそれぞれ中央部南寄りを東流する番匠ばんじよう川に合流。これら河川流域に耕地が開け、集落が点在する。JR日豊本線が南端部を横断するが駅はない。野津町から入る国道一〇号(日向街道)小田こだで番匠大橋を渡り日豊本線沿いに本匠村に抜ける。


弥生町
やよいちよう

[現在地名]根室市梅ヶ枝町うめがえちよう緑町みどりちよう・弥生町・清隆町きよたかちよう平内町へいないちよう北斗町ほくとちよう定基町さだもとちよう岬町みさきちよう松本町まつもとちよう花園町はなぞのちよう西浜町にしはまちよう

明治一〇年(一八七七)から同三三年までの根室郡の町。明治九年四月根室村のうちほん町地続きのコイトイの鰊漁場を藤野喜兵衛上地、翌一〇年六月弥生町一―四丁目とした(「事業報告」第一編)。同一七年根室弥生町一―四丁目と改称


弥生町
やよいちよう

昭和三年(一九二八)一月に成立した現在の苫小牧市の町名。苫小牧市の中心部の西側に位置する。同年に苫小牧町大字弥生町として誕生するが、現在の弥生町の地域ではなく、矢代やしろ町の北側と新富しんとみ町を併せた細長い地であった(「町名設定地番改正調書」苫小牧市立中央図書館蔵)。同一九年の大字廃止字名改称により苫小牧町弥生町となるが、当時の町域は現在の矢代町北側・弥生町・白金しろがね町であった(「苫小牧町字地番整理調書」同館蔵)。同二三年市制施行により苫小牧市弥生町となる。同二八年弥生町を会場として観光まつり住宅博覧会が開催され、住宅地として急速に発展したため、翌年に弥生町・西弥生町・白金町・矢代町に分割された(以上「苫小牧市史」)


弥生町
やよいまち

[現在地名]釧路市弥生一―二丁目・宮本みやもと一―二丁目

昭和七年(一九三二)に設置された町名。もとよね町の一部、釧路村の一部(ハルトル)を含む。明治期には寺院教会創立女学校尋常小学校設立があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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