勝幡村(読み)しよばたむら

日本歴史地名大系 「勝幡村」の解説

勝幡村
しよばたむら

[現在地名]佐織町勝幡

東は蜂須賀(はちすか)村(現美和町)、南は古瀬(こせ)村、西は日光(につこう)川を隔て小津(おづ)村に、北は氷室(ひむろ)村・目比(むくい)村(現稲沢市)に接する。天文一〇年(一五四一)一〇月一五日の正福寺門徒本尊控帳(正福寺蔵)に当村の名がみえる。

「徇行記」によれば、概高一千一九一石余のうち九二八石余は藩士三人の給知。田は三七町四反四畝余、畑は四七町八畝余。「寛文覚書」に戸数一三一、人数五七八とあり、「徇行記」は「津島街道筋三宅川ノ東、農屋建ナラヒ大郷ナリ(中略)甚目寺ヨリ濃州高須ヘノ置郵ノ村ニテ小駅ナリ、サレハ問屋・茶屋モ二、三戸アリ、清須街道モコヽヘ入合ヘリ、此村高ニ準シテハ戸口多ク、耕田村切ニテハ不足カ故ニ津島村・佐折村・古瀬村・千引村アタリノ田畝ヲ承佃スト也、又農隙ニハ小商ヒ往還人夫ノカセキヲスル者アリ、此村地割ヲスル事ナシ」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む