勾金橋宮(読み)まがりのかなはしのみや

日本歴史地名大系 「勾金橋宮」の解説

勾金橋宮
まがりのかなはしのみや

安閑天皇の宮都。「日本書紀」安閑天皇元年正月条に「都を大倭国の勾金橋に遷す。因りて宮号とす」、「古事記」安閑天皇段には「勾の金箸宮に坐しまして、天の下治らしめしき」とある。また「続日本紀」天平勝宝三年(七五一)二月二六日条では、安閑天皇を「勾金椅宮御宇天皇」としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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