北木挽町(読み)きたこびきちよう

日本歴史地名大系 「北木挽町」の解説

北木挽町
きたこびきちよう

[現在地名]堺市綾之(あやの)町東(ひがし)一―二丁

綾山口(あややまのくち)町の東にあり、十間(じゆつけん)筋を挟む両側町の南半分で、北隣は北馬屋(きたうまや)町。南組の木挽町と区別するため北木挽町といった(元禄八年堺手鑑)。元禄二年(一六八九)堺大絵図には「木挽町」とあり、東頬は五筆で百姓が集住し、西頬は七筆で北馬屋町との境に真宗東本願寺末玉龍(ぎよくりゆう)寺があった。当町東裏に記される伊丹屋善右衛門掛屋敷は正徳元年(一七一一)接収され、幕末まで与力屋敷であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む