北種山村(読み)きたたねやまむら

日本歴史地名大系 「北種山村」の解説

北種山村
きたたねやまむら

[現在地名]東陽村きた

村域中央を川が東西に横切り、西部の小盆地と東部の台地からなる。中世八代庄内道前どうぜん郷のうちで、年月日未詳の八代庄内道前郷田数目録(阿蘇家文書)に「一所 種山村 二十一丁八段四丈」とみえる。慶長国絵図に村名がみえる。正保郷帳に田方四九九石三斗余・畠方一九六石一斗余とある。種山手永に属し、手永名は初期の惣庄屋押方氏が当地に居住していたことにちなむ。同会所はのち岡中おかなか(現八代市)早尾はやお(現宮原町)に移った。「国誌」は「西原村梅林村大村五反田村口ノ上村白谷村椎谷村地園村指野村中村鬼丸村畑中村等ノ小村アリ」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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