北絹屋町(読み)きたきぬやちよう

日本歴史地名大系 「北絹屋町」の解説

北絹屋町
きたきぬやちよう

[現在地名]堺市櫛屋(くしや)町東(ひがし)三丁・車之(くるまの)町東(ひがし)三丁

奉行所と蔵屋敷(くらやしき)町の東にあり、櫛屋町から車之町にかけた二町分を占める南北に細長い町で、樽屋町(たるやちよう)筋に西面する片側町。南は中島(なかじま)町。南組の絹屋一―六丁目に対してこの名がある。上源(じようげん)町(宝永元年板泉州堺之図・文久三年堺大絵図)ともいい、申唱之町名(「堺市史」所収)に「上原町、北絹屋町之事也、車櫛屋両町とも言、御番所之東筋を言」とみえる。天正一七年(一五八九)一〇月一五日付の起請文(法華寺文書)に「常賢町」の隆賢・隆味・隆恵・隆可・宗有・助左衛門・与右衛門・九郎左衛門・久次郎らが署名している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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