車東大工町(読み)くるまひがしだいくちよう

日本歴史地名大系 「車東大工町」の解説

車東大工町
くるまひがしだいくちよう

[現在地名]堺市車之(くるまの)町東(ひがし)三丁

北絹屋(きたきぬや)町の東にあり、山之上鍛冶屋町(やまのうえかじやちよう)筋を挟む両側町。元禄二年(一六八九)堺大絵図には「車東大工町」とあり、東頬二二筆・西頬一六筆の宅地割で、町会所は東頬北から六筆目に所在。大工の宅地が二八筆と多数を占め、南隣の櫛屋東大工(くしやひがしだいく)町とともに中大工(なかだいく)町とよばれ(申唱之町名「堺市史」所収)、同業者町を形成していた。なおこの通称は北大工(きただいく)町(柳錦大工町)、南組の南大工一―三丁目に対するものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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