北鏡屋町(読み)きたかがみやちよう

日本歴史地名大系 「北鏡屋町」の解説

北鏡屋町
きたかがみやちよう

[現在地名]堺市錦之にしきのひがし一―二丁

錦之町の東にある山口やまのくち筋を挟む両側町。元禄二年(一六八九)堺大絵図に「北鏡屋町」とあり、東頬一七筆・西頬一七筆の宅地で、町会所は西頬裏通りの東六間ひがしろつけん筋に面する。所属町組は南糸屋みなみいとや町に同じ。寛政一一年(一七九九)の家数三五、石銀高一九六匁余、家役五二(うち無役一・八八)年寄は紙屋三右衛門(堺市史)。西頬にある山口家住宅(国指定重要文化財)は、越前屋久右衛門を名乗った堺の豪商北庄きたしよう村庄屋の居宅である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 改称 北庄

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む