千原崎渡(読み)ちわらざきのわたし

日本歴史地名大系 「千原崎渡」の解説

千原崎渡
ちわらざきのわたし

神通川下流の加賀藩営の渡場。対岸金山新かなやましん村で、加賀藩主往還路(北陸街道)が通った。万治元年(一六五八)神通川大洪水により同川下流は二股川となり、寛文八年(一六六八)には東側の新流が本流化した。さらに翌九年東流に架けられた橋が流失し、能登国珠洲すず鳳至ふげし両郡の十村に舟橋用の古船を募ったが(「筒井氏旧記」加越能文庫)、神通川東遷は決定的となったため新たに当渡が設置された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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