南久宝寺町二丁目(読み)みなみきゆうほうじまちにちようめ

日本歴史地名大系 「南久宝寺町二丁目」の解説

南久宝寺町二丁目
みなみきゆうほうじまちにちようめ

[現在地名]東区南久宝寺町一―二丁目

南久宝寺町一丁目の西に続き、一丁目筋から八百屋町(やおやまち)筋を経て堺(さかい)筋まで。町名は明暦元年(一六五五)の水帳奥書写(安政三年「水帳」大阪市立中央図書館蔵)にみえる。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では屋敷数五二・役数六三役で、うち年寄分・会所分各一役が無役、年寄は大和屋長右衛門。安政三年(一八五六)には屋敷数四八・役数六三役で、うち年寄分・会所分各一役が無役(同年水帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む