南恩加島新田(読み)みなみおかじましんでん

日本歴史地名大系 「南恩加島新田」の解説

南恩加島新田
みなみおかじましんでん

[現在地名]大正区南恩加島一―七丁目・平尾ひらお一―五丁目・小林西こばやしにし二丁目

平尾新田の西、木津きづ川河口右岸に位置し、もとは木津川河口の寄洲であった。初代岡島嘉平次が宝暦七年(一七五七)に請地した区域で、二―三代目嘉平次が文化一二年(一八一五)開墾を始め、文政一二年(一八二九)に検地高入となった。名称は当時の代官岸本武太夫の命で岡島の換用「恩加島」と名付けられた(西成郡史・大正区史)。当初は恩加島新田吉三受といい、南恩加島新田と称されるようになるのは、天保二年(一八三一)四代目嘉平次が「恩加島新田マチ受」(のちの北恩加島新田)を開発して以後のことといわれるが、正確な年代は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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