北恩加島新田(読み)きたおかじましんでん

日本歴史地名大系 「北恩加島新田」の解説

北恩加島新田
きたおかじましんでん

[現在地名]大正区北恩加島一―二丁目・北村(きたむら)二―三丁目・小林西(こばやしにし)一―二丁目・泉尾(いずお)七丁目

泉尾新田の南西にあり、尻無(しりなし)川に沿う。天保二年(一八三一)四代目岡島嘉平次の開発で、初代嘉平次の請地のうち尻無川に沿う寄洲を開いたもの。もとは南恩加島新田と同一の新田で、「恩加島新田マチ受」と称していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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