南成田村(読み)みなみなりたむら

日本歴史地名大系 「南成田村」の解説

南成田村
みなみなりたむら

[現在地名]三春町南成田

熊耳くまがみ村の北、御祭おまつり村の東、北成田村の南。天文一八年(一五四九)三月五日の田村隆顕証状(橋本治男文書)によれば、「成田村之内、高六拾貫文」が橋本三十郎に本領安堵されている。永禄四年(一五六一)六月二三日の熊野山新宮年貢帳(仙道田村荘史)、同一一年七月吉日の熊野山新宮年貢帳(青山文書)、天正一四年(一五八六)一〇月一三日の熊野山新宮年貢帳(同文書)に成田とあり、もとは南北一村で、反別二町・年貢一貫七〇〇文を上納

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む