南牧目村(読み)みなみまぎのめむら

日本歴史地名大系 「南牧目村」の解説

南牧目村
みなみまぎのめむら

[現在地名]小牛田町南牧ノ目

江合えあい川北方の沖積地にあり、東と南は中埣なかぞね村、西は長岡針ながおかはり(現古川市)、北は田尻たじり(現田尻町)正保郷帳に村名がみえ、田一四貫九七一文・畑七五五文。「封内風土記」では戸数二。伊達安芸家臣の請地のため、村民が少ないとあり、明治に至るまで同氏の一円知行地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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