南百村(読み)なんどむら

日本歴史地名大系 「南百村」の解説

南百村
なんどむら

[現在地名]越谷市東町あずまちよう川柳町かわやなぎちよう大成町たいせいちよう

見田方みたかた村の東、元荒川と古利根川の合流点右岸に位置する。地名は難渡なんどとも書かれ、渡しの難所からともいわれるが不詳。集落は古利根川(中川)と元荒川にかけての自然堤防上に広がる。旧奥州道が川に沿って通じている。田園簿に村名がみえ、高は田方一七五石余・畑方五一石余、幕府領。見田方村と同じく寛文三年(一六六三)忍藩領となり、幕末に至る。「風土記稿」によると検地は寛永四年(一六二七)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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