南西方村(読み)みなみにしかたむら

日本歴史地名大系 「南西方村」の解説

南西方村
みなみにしかたむら

[現在地名]小林市南西方

北西方村の南にあり、東は細野ほその村、西は原田はらだ(現えびの市)。南は大隅国おどり(現鹿児島県牧園町)囎唹そお襲山そのやま(現同県霧島町など)と山の峰で境を接している。北側を石氷いしごおり川が南東流して真方まがた村・細野村との境に入り、南から北へ流下する巣之浦すのうら川が同川に合流する。肥後街道が北部を東から西へ通り、北西方村境に石氷渡がある。寛永四年(一六二七)の押川某・坂元某連署差出(旧記雑録)には「小林南之西方村」とみえ、相良五左衛門尉の私領同村内谷村門・今村門の高二七石余が仕明地の高とある。明暦三年(一六五七)一一月晦日には郡奉行東郷重方の一行により南西方村などで例竿が行われた(「日州諸外城引并例竿日帳」東郷家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む