友国村(読み)ともくにむら

日本歴史地名大系 「友国村」の解説

友国村
ともくにむら

[現在地名]吉良町友国

北は津平つのひら村、東は宮迫みやばさま村、南は饗庭あいば村に接し、西は矢崎やさき川をもって中野なかの村と境する。暦応三年(一三四〇)足利尊氏がこの地に二五〇石の新田を築き、艫国ともくに新田とよんだ。のち友国の文字に変わったという(吉良町誌)

元和二年(一六一六)松平右衛門大夫正綱領二九五石余、旗本三浦庄右衛門領一九〇石、旗本伊藤九左衛門領一〇〇石で三給村。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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