叶屋村(読み)かのうやむら

日本歴史地名大系 「叶屋村」の解説

叶屋村
かのうやむら

[現在地名]河内町叶谷かのうや

逆面さかづら村の南に位置し、西端に標高三二七メートルの笠松かさまつ山がそびえる。縄文および古墳時代の叶谷遺跡がある。慶長七年(一六〇二)宇都宮大明神領となり高一二三石余。元禄一四年(一七〇一)社家中里六郎太夫知行となり、明治元年(一八六八)まで続く。天保期(一八三〇―四四)の家数二〇(改革組合村)年貢納入については中里六郎太夫知行地として、旗本知行と同様直接支配を受け、割付は中里家用人より達せられ、領収も中里用所として発行された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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