合子ヶ作村(読み)ごうしがさくむら

日本歴史地名大系 「合子ヶ作村」の解説

合子ヶ作村
ごうしがさくむら

[現在地名]黒埼町山田(やまだ)

現在は立仏(たちぼとけ)の東の信濃川左岸に地続きとなっているが、文政九年(一八二六)の金蔵坂堀割新川堀さく請願書附属絵図(笛木守之氏蔵)には、信濃川に中洲をなした合子ヶ作が描かれる。山田村とも称したという(中蒲原郡誌)。慶長三年(一五九八)頃の新発田藩の御領内高付帳(新発田市史資料)には「かうしか作村とつ原 そ川」とみえ、高四八石三斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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