吉川広家隠居屋敷跡(読み)きつかわひろいえいんきよやしきあと

日本歴史地名大系 「吉川広家隠居屋敷跡」の解説

吉川広家隠居屋敷跡
きつかわひろいえいんきよやしきあと

[現在地名]岩国市大字通津 本呂尾

通津つづ本尾もとろお(現本呂尾)の地にあり、吉川広家は岩国藩の初代藩主。「玖珂郡志」によれば元和八年(一六二二)九月普請始め、同九年に移り、隠居料四千五〇〇石を受けた。寛永二年(一六二五)九月、広家はこの地で没した。屋敷内については「古井有、大石一アリ、是浅野家老臣上田宗箇ヨリ進上セシト云、御茶ノ間ノ踏石有之、御塔段トテ耕作セザル所有リ、蔵ノ段ト云処モ有之、馬場跡、菖蒲谷トテ御植サセ被成候由ニテ、今ニ杜若数々有之」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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