吉敷庄(読み)よしきのしよう

日本歴史地名大系 「吉敷庄」の解説

吉敷庄
よしきのしよう

現山口市域の西、吉敷の中央部を南流する吉敷川流域の地で、川の東を吉敷東よしきひがし庄、西を吉敷西庄とよぶ。

応永一三年(一四〇六)七月一三日付の山口常栄寺文書の国清こくしよう寺分によれば「周防国吉敷東庄地頭職」が国清寺に寄進されている。また同一二年八月四日付の同じ寄進状に「同国吉敷西庄中村内土貢参拾石下地」が国清寺に寄進されている。吉敷の長楽ちようらく寺所蔵の嘉吉二年(一四四二)九月二一日付大内教弘の文書(「注進案」所収)によれば、「周防国吉敷東庄内楽々谷長楽寺住持職(中略)任応安七年九月六日香積寺殿証判之旨、寺務領掌不可有相違之状如件」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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