吐田庄(読み)はんだのしよう

日本歴史地名大系 「吐田庄」の解説

吐田庄
はんだのしよう

興福寺雑役免田。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳の平群郡に「吐田庄田畠卅町七段二百廿歩 不輸(ママ)田四町七段百廿歩 公田畠廿六町百歩」とある。不輸租田内訳と条里(括弧内は坪数)法興ほうこう(未詳)田二町一段一二〇歩が内平群東うちへぐりひがし条二里(三)、内平群中条二里(一)、無主位田二町六段が内平群東条二里(四)である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む