吹島分(読み)ふきしまぶん

日本歴史地名大系 「吹島分」の解説

吹島分
ふきしまぶん

[現在地名]篠山市吹上ふきかみ

大川(篠山川)と新大川に挟まれた河原地を郡代の兵庫屋宗兵衛(のち小林を称する)が開発したもの。当初は兵庫屋ひようごや島と称されていたが、延宝四年(一六七六)から東吹村の所属となり、同九年に吹上村に属するようになった。寛延二年(一七四九)の東吹村免状(稲山家文書)に吹島分(兵庫屋持高)として高一四石余とあり、免四ツ七分。「丹波志」に吹庄のうちとして「吹島」とみえ、高一四石余。天明三年(一七八三)の篠山領内高並家数人数里数記では古佐組のうちに吹島分とみえ、高一四石余は兵庫屋の持高と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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