呂丸(読み)ろがん

改訂新版 世界大百科事典 「呂丸」の意味・わかりやすい解説

呂丸 (ろがん)
生没年:?-1693(元禄6)

江戸前期の俳人。姓は図司,また近藤,通称は左吉。啁栢堂(とうはくどう)と号す。出羽手向(とうげ)村で染物業を営んでいたが,“おくのほそ道”の旅で来遊した芭蕉に入門,この時《聞書七日草》(呂丸聞書)を残した。1692年江戸に芭蕉を訪ね《三日月日記》を与えられた。伊勢参宮ののち,京の支考を訪ねたが,翌年の2月2日京で客死。《陸奥鵆(むつちどり)》によると40歳に達しなかったらしい。〈苔の実や軒の玉だれ石の塔〉(《三山雅集》)。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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