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図司呂丸 ずし ろがん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

図司呂丸 ずし-ろがん

?-1693 江戸時代前期の俳人。
出羽(でわ)羽黒手向(とうげ)(山形県)の山伏法衣の染物師。松尾芭蕉(ばしょう)の「おくのほそ道」の旅に,出羽三山を案内。元禄(げんろく)5年伊勢(いせ)詣(もう)での途中,江戸深川に芭蕉をたずね,「三日月日記」の草稿をおくられた。元禄6年2月2日京都の各務支考(かがみ-しこう)宅で死去。通称は左吉。別号に啁栢堂,栢堂。著作に「聞書七日草」。
【格言など】消安し都の土ぞ春の雪(辞世)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の図司呂丸の言及

【呂丸】より

…江戸前期の俳人。姓は図司,また近藤,通称は左吉。啁栢堂(とうはくどう)と号す。出羽手向(とうげ)村で染物業を営んでいたが,“おくのほそ道”の旅で来遊した芭蕉に入門,この時《聞書七日草》(呂丸聞書)を残した。1692年江戸に芭蕉を訪ね《三日月日記》を与えられた。伊勢参宮ののち,京の支考を訪ねたが,翌年の2月2日京で客死。《陸奥鵆(むつちどり)》によると40歳に達しなかったらしい。〈苔の実や軒の玉だれ石の塔〉(《三山雅集》)。…

※「図司呂丸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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