呼野村(読み)よぶのむら

日本歴史地名大系 「呼野村」の解説

呼野村
よぶのむら

[現在地名]小倉南区呼野

頂吉(かぐめよし)村の南東、紫(むらさき)川支流の東谷(ひがしたに)川の最上流に立地する。秋月街道が通り、南に竜(りゆう)ヶ鼻・金辺(きべ)峠などがある。元和八年人畜改帳に呼野村とみえ、高三三九石余、家数六九、人数二〇一(うち百姓三五・坊主二・笊かたげ商人七)、牛一四・馬二三。正保国絵図に田川郡境に木部(きべ)峠(現金辺峠)がみえ、元禄国絵図では木戸(きべ)峠と記す。郷村高帳では高三〇一石余、うち新田高一七〇石余。幕末の各村覚書では本高一三一石余、田四町八反余・畠三町二反余、物成六九石余、竈数六一・家数一一三・人数二三八、牛三三・馬九、大泉(だいせん)寺・円龍(えんりゆう)寺など。旧高旧領取調帳では高二五三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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