和徳城(読み)わっとくじょう

日本の城がわかる事典 「和徳城」の解説

わっとくじょう【和徳城】

青森県弘前市にあった中世の城。和徳城の中心は現在の和徳神社といわれているが、正確な所在地は特定されていない。和徳城は弘和年間(1381~84年)に、安東氏一族の安倍氏が築いたとされている。その後、配下の小山内氏が敵方の南部氏に内通したことで落城し、南部氏の属将となった小山内氏が城主となり、1541年(天文10)、城主の小山内満春は攻め寄せた大浦政信を迎え撃ち、これを討ち取っている(三味線河原の戦い)。1571年(元亀2)、大浦為信(のちの津軽為信)が奇襲により南部方の津軽当地の拠点である石川城を落城させると、勢いづいた大浦方の軍勢が和徳城に攻め寄せ、城主はこれを城外で迎え撃ったが全滅し落城した。その後、和徳城は大浦方の城となったが、間もなく、その役割を失い廃城となった。この戦いの際、大浦為信に攻められた和徳城の兵士たちが落城前に食べた汁が、あるいは攻めた側の大浦の軍勢が食べた野戦食が津軽地方の郷土料理「けの汁」の起源といわれている。JR奥羽本線弘前駅または弘南鉄道中央弘前駅から徒歩約15分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む