唃厮囉(読み)こくしら(その他表記)rGyal-sra

改訂新版 世界大百科事典 「唃厮囉」の意味・わかりやすい解説

唃厮囉 (こくしら)
rGyal-sra
生没年:997-1065

吐蕃王朝の後裔に当たり,その名は〈仏の子〉の意。本名は欺南陵温籛逋。青唐方面の領袖らに推されて吐蕃の統一をはかり,はじめ郭州(阿什貢,貴徳北西)に,ついで宗哥(bPsong-kha)に,さらに邈川(ばくせん)(碾伯)に独立国を建て,西夏攻撃を条件に宋の援助を求め,やがて青唐に王国をきずくが,仏の再生として政治・軍事両面を統べた彼の姿は,後世チベットのダライ・ラマ,パンチェン・ラマを思わせる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

関連語 岡崎

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む