喜多川村(読み)きたがわむら

日本歴史地名大系 「喜多川村」の解説

喜多川村
きたがわむら

[現在地名]西条市喜多川

加茂かも川岸より西条港に至る南北に長い低地を村域とし、中央部の東は明屋敷あきやしきに隣接する。

慶長六年(一六〇一)藤堂高虎が渡辺勘兵衛に与えた「知行方之目録」(南部文書)のなかに「一、五百七拾四石壱斗八升 新居郡内北川村」とある。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の新居郡の項に「北川村 川有」とあるが、元禄一三年(一七〇〇)の領分附伊予国村浦記には「喜多川村」と書かれ、以後変更はなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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