普及版 字通 「嗇夫」の読み・字形・画数・意味
【嗇夫】しよくふ
せんとす。臣、天下風に隨ひ、靡靡(びび)として爭うて口辯を爲し、其の實の無きことを
る。且つ下の上に
するは景
(えいきやう)よりも疾し。擧錯(きよそ)は審(つまび)らかにせざるべからず。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
せんとす。臣、天下風に隨ひ、靡靡(びび)として爭うて口辯を爲し、其の實の無きことを
る。且つ下の上に
するは景
(えいきやう)よりも疾し。擧錯(きよそ)は審(つまび)らかにせざるべからず。
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…このような里を最小単位として構成されている郷は,したがって自治独立の意識がさかんであった。郷には三老(教化をつかさどる)をはじめ,嗇夫(しよくふ)(税務,訴訟をつかさどる)や遊徼(ゆうきよう)(治安をつかさどる)がおかれ,またいくつかの里の警察をつかさどるものとして亭があり,亭には亭長がおかれていた。郷官と総称されるこれらの小吏は,いずれも住民の中から推挙されて郡県から任命されたものである。…
…このような行政村は,漢代に郷亭里制として制度化される。それは百家を一里として,長に里魁を置き,十里を一亭として亭長をおき,十亭を一郷として,教化を担当する三老,賦税と訴訟を担当する嗇夫(しよくふ),治安を担当する游徼(ゆうきよう)の三職を置くという制度である(郷里制)。この郷を集めて県が,県を集めて郡が置かれ,郡・県には王朝から官吏が派遣されて,郡県制と呼ばれる中央集権的な支配が行われたが,実際の村落行政は三老,嗇夫などによって遂行されたのである。…
※「嗇夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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