日本歴史地名大系 「嘉兵衛新田」の解説 嘉兵衛新田かへえしんでん 東京都:足立区嘉兵衛新田[現在地名]足立区加平(かへい)一―三丁目・西加平(にしかへい)一―二丁目・北加平町(きたかへいちよう)など花又(はなまた)村の南に位置し、東は久右衛門(きゆうえもん)新田、南は五兵衛(ごへえ)新田、西は保木間(ほきま)村・栗原(くりはら)村・竹之塚(たけのつか)村。中央を南北に綾瀬川(新川)が貫き、村は東西に分れる。慶長―元和(一五九六―一六二四)の頃、名主嘉兵衛の祖が武蔵国稲毛(いなげ)領から来て開発したという(風土記稿)。田園簿に加兵衛新田とみえ、田二〇五石余・畑七石余、ほかに見取場として田一町七反余・畑八反余。元禄郷帳では高一二五石余。村東部は葛西(かさい)用水、西部は見沼代(みぬまだい)用水に依存。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by