土坂村(読み)つちざかむら

日本歴史地名大系 「土坂村」の解説

土坂村
つちざかむら

[現在地名]山形市土坂・鳥居(とりい)ヶ丘(おか)・前田町(まえだまち)・小立(おだち)一丁目・東青田(ひがしあおた)四丁目・元草矢倉土坂(もとくさやぐらつちざか)

八森(はちもり)村の南に位置し、瀧山(りゆうざん)川上流瀧山北西麓の山間に立地。最上氏改易後は山形藩領。延享三年(一七四六)幕府領(「関根村御用留」鈴木文書)、天保一三年(一八四二)再び山形藩領となる(村山郡石高帳)。寛永元年(一六二四)の定納之事(荒井文書)には「土坂・草矢蔵村」とみえ、高二五八石余、当村分の反別は田三町一反余・畑一五町余、ほかに平清水(ひらしみず)・青田・前田・小立・岩波(いわなみ)の五ヵ村に出作地一四町二反余がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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