土肥山城跡(読み)どひやまじろあと

日本歴史地名大系 「土肥山城跡」の解説

土肥山城跡
どひやまじろあと

鎌倉時代の初め長府の西の小高い丘にあった長門国の守護土肥次郎実平の居城

「豊府志略」によれば「土肥山一には 豊山、上古は豊浦山なる故、豊山と云ならはし文治元年三月二十四日、平氏赤間関の沖、壇の浦にして沖落の後、頼朝卿土肥次郎実平を当国の守護として残党を鎮めさせ給ふ、此時実平此山を居城とせしより土肥山と云へり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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