地子町村(読み)じしまちむら

日本歴史地名大系 「地子町村」の解説

地子町村
じしまちむら

[現在地名]鈴鹿市神戸地子かんべじし町・神戸かんべ三―四丁目・矢橋やばせ一丁目

かわ町に続き東に延びる町で、古くは権現町ごんげんまち村と称していた。これは町の南裏に熊野権現があったからで、宝暦一一年(一七六一)井上河内守家臣某の寄進にかかる幟の台碑が現存する。石川氏の享保六年(一七二一)地子(宅地税)免除となったのを記念して、地子町村と称したといい(高野家家譜)、城下町的性格をももつ。街道沿いではあるが農家が多く、文禄検地の村高は四七九石余で、宅地は町扱いながら地子町村とよばれることが多かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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