地黄町(読み)じおうせんまち

日本歴史地名大系 「地黄町」の解説

地黄
じおうせんまち

[現在地名]金沢市泉野町いずみのまち四丁目・同六丁目・いずみおか一―二丁目

城下町南端、鶴木つるぎ往来沿いの両側町で地子町。雀谷すずめだに川を境に六斗林ろくとばやしの南にある。泉野新百姓いずみのしんびやくしよう(のち地黄煎村と改称)地内の相対請地が、他の城下周辺諸村の請地とともに文政四年(一八二一)町奉行裁許に移った際に一町として町立てされた。もっとも一七世紀中頃にはすでに町場化が進んでいたとみえ、寛文二年(一六六二)の郡奉行達書(改作所旧記)には古地黄煎こじおうせん町、正徳四年(一七一四)の門松拝領覚書事集録)には古地黄町とみえ、地黄町などととも称されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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