堀川川除町(読み)ほりかわかわよけまち

日本歴史地名大系 「堀川川除町」の解説

堀川川除町
ほりかわかわよけまち

[現在地名]金沢市堀川町ほりかわまち

堀川亀淵ほりかわかめぶち町の西に続き、浅野川沿いに北西に延び新堀川しんほりかわ町と合流して堀川七ほりかわななへ続く通りの両側町。町名の由来は浅野川の川除けで川縁にあることによる(金沢古蹟志)。元禄九年(一六九六)の書上(「片岡孫作筆録」加越能文庫)に地子町として町名がみえる。文化八年(一八一一)の家数は二四八、うち組合頭直江屋権四郎組一四六(うち武家・小者五三)町人の職業は稼が四六と多く、ほかに笠骨細工五・紺屋細工四など。越中屋五兵衛組八一(うち小者七)、町人の職業は稼が五一と多く、ほかに魚・鳥商五など。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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