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堀川 ほりかわ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

堀川
ほりかわ

京都市街地のほぼ中央を南流する小河川。鴨川の旧流路の一部にあたると考えられている。北区上賀茂賀茂川から分流し,南区上鳥羽で鴨川に合流する。一時は九条通を西流し現鍋取川の流路をとって天神川 (現西高瀬川) に合流していたこともある。

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堀川
ほりかわ

名古屋市西区と名古屋港とを結ぶ運河。慶長 16 (1611) 年名古屋城築城の際に開削されたもので城門前の朝日橋から大瀬古橋まで全長 7.2km,幅 22~90m,水深約 1.8m。江戸時代尾張藩の年貢米,材木などの物資の輸送に利用され,天王崎と尾頭には船番所がおかれた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

堀川

徳川家康の命を受け、名古屋城築城が始まった1610年に開削。水運の大動脈として城下町を支えてきた。戦後は、物流の担い手自動車に移る一方で、水質の悪化が進んだ。近年は親水空間として活用する試みが進む。

(2014-04-16 朝日新聞 夕刊 1社会)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

ほり‐かわ〔‐かは〕【堀川/堀河】

京都市街のほぼ中央を南流する川。北区大宮で賀茂川から分流し、南区上鳥羽付近で鴨川に注ぐ。
浄瑠璃「近頃河原達引(ちかごろかわらのたてひき)」の通称。

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デジタル大辞泉プラスの解説

堀川

古典落語の演目のひとつ。「猿廻し」とも。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほりかわ【堀川】

地を掘ってつくった人工の川。とくに日本の古代都城内にあって,物資の運送などに用いられた運河をいい,堀河とも記す。平安京の場合は東西両市の内側を通って堀川がつくられ,東の堀川は二坊大路と三坊大路の坊門を南北に流れており,西の堀川も対照的に同じ位置にある。前者は賀茂川,後者は桂川につながり,さらに淀川につらなっており,大規模な水運とむすびついて物資運送の重要な施設となっていた。これ以前の平城京の場合にも同じようなことがいえる。

ほりかわ【堀川】

愛知県名古屋市内を流れる運河。1610年(慶長15)の名古屋城築城の際に,城の西側竜之口から熱田湊(現,名古屋港)まで約6kmにわたって開削された。江戸時代は尾張藩の年貢米のほか,薪炭,魚菜,塩などの舟運が盛んで,流域には藩の米蔵,重臣の控屋敷が並び,河口付近には白鳥(しろとり)貯木場,木材奉行所などがあった。現在は木工業関係の工場,倉庫が運河沿いに並び,木材運搬水路として機能している。1960年代の高度経済成長期以降汚染が急激に進んだが,その後公害規制の強化,納屋橋の改修(1982)など環境整備が進められている。

ほりかわ【堀川】

京都市街の中央部を南流する川。北区で賀茂川(鴨川)から分かれ,ほぼ現在の堀川通りに沿って流れ下り,南区上鳥羽で再び鴨川に合流する。全長約8.2km。平安京建設以前は堀川が鴨川の本流であったとする説もあるが,明証はない。紙屋川(天神川)を西堀川とよぶのに対し,東堀川とも称された。現在の堀川通りは平安京の堀川小路に相当し,他の小路が幅4丈であったのに対し,堀川の幅を加えて8丈幅であった(川を挟む両側の通りをおのおの東堀川通り,西堀川通りという)。

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大辞林 第三版の解説

ほりかわ【堀川】

運河。疎水。堀江。

ほりかわ【堀川】

京都市中央部を南流する川。賀茂川から分流し、南区上鳥羽南東で鴨川に合する。

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日本の地名がわかる事典の解説

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世界大百科事典内の堀川の言及

【運河】より

…利根川,江戸川,淀川,大和川,北上川などで流路が付け替えられ,水運が開かれた。伊達政宗の貞山堀や遠賀川と洞海湾を結ぶ筑前の堀川も近世初期に着工された運河で,後者では明治期になると筑豊炭の輸送路として役立った。明治期に田辺朔郎が近代的土木技術によって開削した琵琶湖疏水(1890)は,大津~鴨川間の本線と,蹴上から北西へ延びる支線から成り,灌漑,水力利用,運輸を目的とした運河である。…

【賀茂川∥鴨川】より

…また下流部の伏見区中島には名神高速道路の京都南インターチェンジが設置され,鳥羽大橋と鴨川橋が架設されている。【服部 昌之】
[歴史]
 賀茂川の流路については,現在の堀川が本流で,これに出町から南西方向へ流れる高野川が合流していたのを,平安京造都時,両川を出町付近で合流させ,京域の東側を南流するように流路の新設と変更がなされたとするのが通説であるが,近時の地質調査の結果,賀茂川(鴨川)は平安遷都時にはほぼ現在の流路をとっており,変更はなかったことが明らかとなった。その位置関係から東河(とうが)ともいい,ここで大嘗祭に先立ち天皇の御禊が行われ,また斎王の祓も行われ,東河の祓と称される一方,死体の遺棄や罪人の処断が行われる場所でもあった。…

【材木座】より

…木屋座とも称した。京都堀川,木津,奈良,鎌倉,堺など主要都市にその成立が確認される。京都堀川は平安末期には諸国から搬入された材木の交易場としてにぎわったが,座の成立を確認できるのは南北朝時代である。…

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