堀川(読み)ほりかわ

精選版 日本国語大辞典「堀川」の解説

ほり‐かわ ‥かは【堀川】

[1] 地を掘りうがって造った川。人工の川。
※詞花(1151頃)雑下・三八五「水上のさだめてければ君が代にふたたびすめるほりかはの水〈曾禰好忠〉」
[2]
[一] 京都市の市街地中央部を南北に流れる川。北区大宮で賀茂川から分流した小川で、一般に上京区一条戻橋付近から南区上鳥羽で鴨川に合流するまでをいう。平安京造営に際して開かれ、京染に利用された。全長八・二キロメートル。堀江
[二] 大阪市北区の東部を流れていた天満堀川のこと。
※浮世草子・世間胸算用(1692)二「ほり川の材木屋の小者」
[三] 愛知県名古屋市内にある運河。名古屋城西方の滝ノ口から名古屋港まで通じる。慶長一六年(一六一一)名古屋城築城の際に開削。のち尾張藩の米・材木などの運送に利用された。全長約六キロメートル。大夫堀。
[四] 京都を流れる堀川の両岸に沿う道路。堀川通り。
[六] (五)の中の巻の称。お俊伝兵衛の心中門出に、兄与次郎が猿回しを演じる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「堀川」の解説

堀川
ほりかわ

京都市街地のほぼ中央を南流する小河川。鴨川の旧流路の一部にあたると考えられている。北区上賀茂で賀茂川から分流し,南区上鳥羽で鴨川に合流する。一時は九条通を西流し鍋取川の流路をとって天神川 (現西高瀬川) に合流していたこともある。全長約 8km。平安時代以来運河として利用され,材木の輸送水路となり,中世には五条付近の沿岸木材業者が集っていた。近世以降は友禅染水洗いに利用された。現在では部分的に暗渠となっており,流量も少い。

堀川
ほりかわ

名古屋市西区と名古屋港とを結ぶ運河。慶長 16 (1611) 年名古屋城築城の際に開削されたもので城門前の朝日橋から大瀬古橋まで全長 7.2km,幅 22~90m,水深約 1.8m。江戸時代尾張年貢米,材木などの物資の輸送に利用され,天王崎と尾頭には船番所がおかれた。その後木材や米,その他の貨物の輸送に使われ,沿岸には倉庫貯木場が立地した。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典「堀川」の解説

堀川
(通称)
ほりかわ

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
近頃河原の達引
初演
寛政9.8(大坂・藤川八蔵座)

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世界大百科事典 第2版「堀川」の解説

ほりかわ【堀川】

地を掘ってつくった人工の川。とくに日本の古代都城内にあって,物資の運送などに用いられた運河をいい,堀河とも記す。平安京の場合は東西両市の内側を通って堀川がつくられ,東の堀川は二坊大路と三坊大路の坊門を南北に流れており,西の堀川も対照的に同じ位置にある。前者は賀茂川,後者桂川につながり,さらに淀川につらなっており,大規模な水運とむすびついて物資運送の重要な施設となっていた。これ以前の平城京の場合にも同じようなことがいえる。

ほりかわ【堀川】

愛知県名古屋市内を流れる運河。1610年(慶長15)の名古屋城築城の際に,城の西側竜之口から熱田湊(現,名古屋港)まで約6kmにわたって開削された。江戸時代は尾張藩の年貢米のほか,薪炭,魚菜,塩などの舟運が盛んで,流域には藩の米蔵重臣控屋敷が並び,河口付近には白鳥(しろとり)貯木場,木材奉行所などがあった。現在は木工業関係の工場,倉庫が運河沿いに並び,木材運搬水路として機能している。1960年代の高度経済成長期以降汚染が急激に進んだが,その後公害規制の強化,納屋橋の改修(1982)など環境整備が進められている。

ほりかわ【堀川】

京都市街の中央部を南流する川。北区で賀茂川(鴨川)から分かれ,ほぼ現在の堀川通りに沿って流れ下り,南区上鳥羽で再び鴨川に合流する。全長約8.2km。平安京建設以前は堀川が鴨川の本流であったとする説もあるが,明証はない。紙屋川(天神川)を西堀川とよぶのに対し,東堀川とも称された。現在の堀川通りは平安京の堀川小路に相当し,他の小路が幅4丈であったのに対し,堀川の幅を加えて8丈幅であった(川を挟む両側の通りをおのおの東堀川通り,西堀川通りという)。

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世界大百科事典内の堀川の言及

【運河】より

…利根川,江戸川,淀川,大和川,北上川などで流路が付け替えられ,水運が開かれた。伊達政宗の貞山堀や遠賀川と洞海湾を結ぶ筑前の堀川も近世初期に着工された運河で,後者では明治期になると筑豊炭の輸送路として役立った。明治期に田辺朔郎が近代的土木技術によって開削した琵琶湖疏水(1890)は,大津~鴨川間の本線と,蹴上から北西へ延びる支線から成り,灌漑,水力利用,運輸を目的とした運河である。…

【賀茂川∥鴨川】より

…また下流部の伏見区中島には名神高速道路の京都南インターチェンジが設置され,鳥羽大橋と鴨川橋が架設されている。【服部 昌之】
[歴史]
 賀茂川の流路については,現在の堀川が本流で,これに出町から南西方向へ流れる高野川が合流していたのを,平安京造都時,両川を出町付近で合流させ,京域の東側を南流するように流路の新設と変更がなされたとするのが通説であるが,近時の地質調査の結果,賀茂川(鴨川)は平安遷都時にはほぼ現在の流路をとっており,変更はなかったことが明らかとなった。その位置関係から東河(とうが)ともいい,ここで大嘗祭に先立ち天皇の御禊が行われ,また斎王の祓も行われ,東河の祓と称される一方,死体の遺棄や罪人の処断が行われる場所でもあった。…

【材木座】より

…木屋座とも称した。京都堀川,木津,奈良,鎌倉,堺など主要都市にその成立が確認される。京都堀川は平安末期には諸国から搬入された材木の交易場としてにぎわったが,座の成立を確認できるのは南北朝時代である。…

※「堀川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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