堀川片原町(読み)ほりかわかたはらまち

日本歴史地名大系 「堀川片原町」の解説

堀川片原町
ほりかわかたはらまち

[現在地名]金沢市笠市町かさいちまち

新堀川しんほりかわ町の南端から南東に延び、西御坊にしごぼう町の中ほどと交わる通りに沿う。元禄三年(一六九〇)の金沢火災で堀川片原町・新堀川町のうち九八軒が焼失(「続漸得雑記」加賀藩史料)。同九年の書上(「片岡孫作筆録」加越能文庫)に地子町として堀川川除ほりかわかわよけ町の次に記されている。文化八年(一八一一)の家数三七、町人の職業では菅笠関係が多く菅笠商一七・菅商六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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