堅地町(読み)かたじちよう

日本歴史地名大系 「堅地町」の解説

堅地町
かたじちよう

[現在地名]日野町大窪(おおくぼ) 金英町(きんえいちよう)

白銀(しろがね)町の西、日野大窪町のほぼ中央に位置する。中野(なかの)城下の職人町として成立し、延宝七年(一六七九)から日野大窪町大窪組に所属。城下町割でも位置は変わらず、南(みなみ)町通九ヵ町のうちに町名がみえる。町名からかつては多くの木地屋や塗師が住んでいたと思われる。正徳三年(一七一三)の渋柿値段定証文(八日市市史)によれば、当町の塗師当番三郎左衛門と七左衛門の二名が、下大森(しもおおもり)村(現八日市市)との間で塗物に使用する渋柿の購入値段を一駄(箕籠四杯)につき八匁七分と取決めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 焼失 白銀

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む