壱分村(読み)いちぶむら

日本歴史地名大系 「壱分村」の解説

壱分村
いちぶむら

[現在地名]生駒市壱分町

矢田(やた)丘陵西麓、竜田(たつた)川両岸に立地。慶長郷帳では「一分村」、元和郷帳には「一部村」と記す。イチブは櫟生(いちいふ)の義とする説があり、「日本書紀」斉明天皇四年一一月の有間皇子邸「市経(いちふ)家」の所在地とする説がある(大和志)。鎌倉中期の簡要類聚鈔(京都大学蔵一乗院文書)によると一分は興福寺一乗院領生馬(いこま)庄で一分と二分に分割相伝した所。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む