外神村(読み)とがみむら

日本歴史地名大系 「外神村」の解説

外神村
とがみむら

[現在地名]富士宮市外神・外神東町(とがみひがしちよう)

淀師(よどし)村の北、宮原(みやはら)村の西、潤井(うるい)川左岸で、同川支流の足取沢(あしとりざわ)川と風祭(かざまつり)川に挟まれた丘陵地に立地する。中世には土上とも記される。永禄一二年(一五六九)一二月一七日の北条氏政判物(大宮司富士家文書)によれば、氏政が富士浅間社(富士山本宮浅間大社)の大宮司富士信忠に大宮(おおみや)城を奪還したなら一所「よとし・金宮・とかミ」ほかを与えると約束している。元亀元年(一五七〇)一二月四日、武田氏は市川権右衛門尉に和大夫孫左衛門分であった「土上」のうち二貫七〇〇文と同地のうち石河三郎兵衛名一貫文を与えている(「武田家朱印状」市川文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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