大副村(読み)おおそいむら

日本歴史地名大系 「大副村」の解説

大副村
おおそいむら

[現在地名]院内町大副

恵良えら川の中流域、院内盆地の中南部に位置し、北と西は山が迫り、東は副村、南は山城やましろ村。永正一四年(一五一七)二月二九日の大友親安感状(佐田文書)に「敗北之凶徒、於大副村数十人被討捕」とみえ、大友氏に謀反した朽網親満党の残党を大副村において佐田泰景が討取った。小倉藩元和人畜改帳では高二一四石余、人数六〇(うち百姓六・牢人二・名子四)、牛七・馬二。百姓には小庄屋が一名含まれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大明神 山城

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む