大双嶺村(読み)おおぞうれいむら

日本歴史地名大系 「大双嶺村」の解説

大双嶺村
おおぞうれいむら

[現在地名]大山町大双嶺

熊野くまの川支流くろ川の源流部に位置し、蛇越じやごえ峠を越えると熊野川源流から河内かわち村に至り、昭和二〇年代まで熊野川谷から石灰を運んだ。正保郷帳の高三四石余、田方一反余・畑方二町一反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高四三石、免二ツ七歩、小物成は山役一〇四匁・炭竈役一三匁・炭役五匁(三箇国高物成帳)。天保一一年(一八四〇)の高免帳(杉木家文書)によれば、貞享元年(一六八四)の川崩れで一九石が減石となり、草高二四石となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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