上新川郡(読み)かみにいかわぐん

日本歴史地名大系 「上新川郡」の解説

上新川郡
かみにいかわぐん

面積:六四六・九八平方キロ(境界未定)
 大山おおやま町・大沢野おおさわの

明治一一年(一八七八)郡区町村編制法により現富山県のほぼ東半分を占めていた新川郡が、上新川郡と下新川郡に分割された。東は早月はやつき川で下新川郡と境し、西は神通川で婦負ねい郡に境し、南は立山連峰で岐阜県に接した。同一六年石川県から分離して富山県が成立し、富山県上新川郡となる。同二二年市制町村制が施行され、上新川郡富山町は富山市となり、上新川郡は八町五〇ヵ村となる。同二九年それまでの五郡が細分化され、上新川郡は常願寺川をもって中新川郡と上新川郡に分割され、上新川郡は管轄町村が二四ヵ町村に減った。郡制は大正一二年(一九二三)までで、郡役所は富山市にあったが、同一五年廃止された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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