大江寺跡(読み)おおえでらあと

日本歴史地名大系 「大江寺跡」の解説

大江寺跡
おおえでらあと

[現在地名]名張市大屋戸

建保二年(一二一四)五月日の東大寺領諸荘田数所当等注進状(東大寺続要録)に「大江寺六段小」とあり、鎌倉初期には黒田くろだ庄内一〇ヵ寺の寺田一町八段三〇〇歩のうち約三割を占める勢力ある寺院であった。「三国地志」は「当今廃絶寺院」の項に入れず、「古蹟」のなかで「廃大江寺大屋戸村 按、大江貞基創建。十院十二坊悉ク廃ス。其六坊ハ、短野村ニ向坊・普門房・極楽房・上坊・中坊・寺出鐘楼堂坊垣内ノ地名存ス」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む