…秀吉は城を大津に移した直後,大津に百艘船と呼ばれる湖上運送業者の仲間を作らせ,京都の外港としての大津の発展をはかり,ここに近世初頭の大津の発展は約束されたのであった。【下坂 守】 近世の大津は,東海道の宿場町として,また琵琶湖水運のかなめ的な港町として,京都の喉元(のどもと)を扼(やく)す重要な位置を占め,江戸幕府の政権下にあっては幕府の直轄都市として大津代官の監督下におかれていた。景観的には,大津城時代の城下町を想起させる計画道路による町割りがなされ,町名にも同業者町のなごりをとどめる。…
…浪人や下級藩士から抱え入れられ,職務内容も支配地に対応し多様であった。幕末には美濃・飛驒郡代のもとに堤方役・山林掛地役人頭取,同じく但馬・石見・陸奥代官には運上蔵役・直入役・銀山付役人組頭,寄床屋番・銀見役,関東代官には関所番・小菅囲内定番・浦賀蔵番,大津代官には大津蔵番・湖上船改下役などがおり,禄高は30俵以下が大半であった。佐渡奉行所では格式で定役と並役に分かれ,1624年(寛永1)には302人を数えた。…
※「大津代官」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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