大田原北町村(読み)おおたわらきたまちむら

日本歴史地名大系 「大田原北町村」の解説

大田原北町村
おおたわらきたまちむら

[現在地名]大田原市山の手(やまのて)一―二丁目・中央(ちゆうおう)一―二丁目・末広(すえひろ)一―二丁目

大田原城下のうち奥州街道北側半分を占め、大田原北町・北町ともいう。南は大田原南町村。天正一八年(一五九〇)大田原氏が豊臣秀吉より安堵された本領のうちに大田原北町とあり、沼野袋(ぬまのふくろ)村とともで六八〇石七斗六升(「大田原藩領知覚書」伊藤安雄文書)。以後大田原藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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