大窪庄(読み)おおくぼのしよう

日本歴史地名大系 「大窪庄」の解説

大窪庄
おおくぼのしよう

古代の茨田まんだ郡大窪郷(和名抄)に成立したとみられる庄園。もと当庄は坊城女房の私領であったが、寛喜元年(一二二九)同女房は源実朝追善のために一堂(有須河堂)を建立し、当庄地頭職を寄付した(同年一一月二六日「将軍藤原頼経下文」円覚寺文書)。この有須河(有栖川)堂は有栖川氏の清浄寿しようじようじゆ院に付属する堂として建立されたものらしく、永仁六年(一二九八)一〇月一七日の北条貞時下知状(同文書)には当庄は有栖河清浄寿院領としてみえる。この下知状によれば、清浄寿院は有栖川氏の遺跡とともに北条得宗家に譲渡され、建治三年(一二七七)には北条時宗が拝領

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む