大赤見村(読み)おおあかみむら

日本歴史地名大系 「大赤見村」の解説

大赤見村
おおあかみむら

[現在地名]一宮市大赤見

西は一之宮いちのみや村に接する。文和二年(一三五三)七月の尾張国郷保地頭正税弁済所々注進状案(醍醐寺文書)に「赤見村 六貫七百文  奥田兵庫入道」とあり、赤見村の名がみえる。さらに天正一八年(一五九〇)八月とある小日比野こひびの神明社の棟札銘などにも村名がみえるから、鎌倉期以来存在していた村である。

本田概高は一千三一〇石余。その後、寛保三年(一七四三)に三石八斗余の亥新田を興している。このほか「御領高之外」として願証がんしよう寺領一五五石余がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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