…項羽が漢の高祖と天下を争い,垓下(がいか)に包囲されたとき,包囲軍が〈四面楚歌〉したとあるように,元来は民衆的な流行歌謡であったと考えられるが,現在にのこるのは英雄や皇帝,皇族たちの作品とされるものが多い。項羽の〈垓下の歌〉,漢の高祖の〈大風の歌〉,戚夫人の〈永巷の歌〉〈舂歌(しようか)〉など,みな高ぶった感情を表現したものである。楚歌がつねに劇的な場面で作られたものとされていることは,その作者名には仮託のものが多く,演劇形式の文芸と結びついてこの一類の歌謡が発展したことを示唆しよう。…
…地方の俗謡とそのかえうたを含む。漢の高祖劉邦が作ったという〈大風(たいふう)の歌〉は彼の死後その祭りでうたわれたが,その曲は楚の地方の歌謡のふし(楚声)であった。やはり漢代の軍楽だったという〈短簫鐃歌(たんしようどうか)〉の数曲はおそらく北方中国の民族の歌謡であろう。…
※「大風の歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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